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社会福祉法人道心
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  安養寺から、私たちの幼児保育が始まりました。  
   
   
  安養寺の歴史  
      当山は、天禄元(970)年に性空上人の開基で書写北垣内2153の1番地(現兵庫県立大学構内)
にありました。
明治4(1871)年、廃寺となった建雲山観音寺(観音庵)の田畑、山林その他の諸品一切を書写山より
書写村の手を経て寄附を受けました。
明治9(1876)年、元観音寺(観音庵)を改築。内陣の向背及び天井等は元西坂本村天満神社の
境内にあった長涌山福泉寺(現在、姫路市立曽左幼稚園がある場所にあったお寺)の釈迦堂を
移したもので、世にいわゆる「血天井」として血痕のあるものでした。(飾磨郡誌)
明治25(1892)年、安養寺を元観音寺(観音庵)跡(書写2968番地11)に移し、
西坂本内の安養寺境内にあった薬師堂を合祀。(飾磨郡誌)
昭和23(1948)年、境内に書写保育園が開設され、本堂にて保育が開始されました。
(書写保育園五十周年記念誌) 
平成15(2003)年に、書写保育園は書写2481番地へ移転改築。
平成18(2006)年に、現住職永井快賢師により、本堂、庫裡を新築。御本尊薬師如来、
日光・月光菩薩、十二神将は、慶派の流れを受け継ぐ京仏師 松本明慶師により修復され、
面目を一新し現在に至っています。
 
     

「血天井」とは?
嘉吉の乱(1441年)の際、書写坂本城は幕府軍に攻められ、赤松真操(満祐の弟)が福泉寺の釈迦堂にて自決しました。その時流れた血で、床板は血に染められたと言います。その床板を天井に張り、真操らの菩提を弔ったということです。

 
     
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