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社会福祉法人道心
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  阿彌陀寺は、社会福祉法人の基盤となりました。  
   
   
  阿彌陀寺の歴史  
      当山に伝わる室町時代の史料である、阿彌陀寺伽藍再興勧進帳によれば長久2(1041)年、
養李上人の開基とされています。
「播磨風土記」に渡来人の里であることの記述や開山上人の御名前が養李であることなどから、
隣にある醫王山安養寺、福壽山圓藏寺などとともに奈良時代以前の古い時代に渡来系の人たちによって
開かれた寺院ではないかと言い伝えられています。
その後、兵火で焼亡しましたが、室町幕府四代将軍 足利義持が播磨守護 赤松義則及び
播磨国衙眼代 小河玄助に復興を命じ、山林田野を寄進し、護国利民の道場として再建。
室町幕府の2人の将軍が来駕、公武長久の祈願等を行い、寺運大いに栄えました。
大永3(1523)年、山名氏と浦上氏の戦いによる兵火により再度焼亡。
その後、天文22(1553)年頃より伽藍建立のための勧進が行われ再興。
江戸期にいたり、享保3(1718)年5月と文化10(1813)年10月に焼亡。
現在の本堂は文化10年10月の火災後のものです。
安政2(1855)年頃、住職快圭が私たち保育園の原点となる寺子屋「協同会」を創設。
明治26(1893)年頃まで存続し、教師は代々の住職がこれにあたって、地域住民の教育に
大きな役割を果たしました。その後「協同会」は、平成18(2006)年、阿彌陀寺住職永井快俊師により、
お隣の圓藏寺住職永井快香師のご協力を得て、圓藏寺境内に「書写寺子屋学院」という名で復興。
平成20(2008)年には阿彌陀寺境内に移設され、今も存続しています。
昭和42(1967)年、兵庫県立姫路工業大学の書写山麓移設により、阿彌陀寺は現在地に移転改築。
同年10月完成しています。
毎年、11月23日の天台大師報恩法要の際、参詣者にふるまわれる大根の精進料理は
「書写の大根焚」といわれ、地域の風物詩としてよく知られており、
阪神方面からも参詣があり、にぎわいます。
境内にはたくさんの椿や山草類が植栽されており、小鳥などの小動物がさえずり、
「花と緑の寺」としても親しまれています。
 
     
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